100日後に死ぬワニより寿命の早かった私の育ての親



タイトル画像に「育ての」って入らなかった!笑

どもどもこんにちは、中原るんでーす!
きくちゆうきさんの漫画作品「100日後に死ぬワニ」連載期間が、

自分の育ての親・ビバの入院期間と死
従業員たちと戦争のように仕事に追われた期間、
ビバをストレスで死に追いやった会長に虐められた期間
会長に天罰が当たったらしく会長が死にかけた期間、
すべてを乗り越えて取締役就任など、

おそらく私の人生最も激動だろう期間に重なっていたため、
ワニくんの100日に合わせて記事を書いてみました。




アホらしいですが、
心の中で本気で願掛けしてました。


ワニくんとビバの寿命を反対にして欲しい。

ビバとママと三月に旅行に行こうって約束してたのに、
このままじゃ明日生きてるのも難しそう。

ワニくんと交換することすらひどい贅沢に思えました。

ビバはクリスマス辺りからほとんど食欲がなくなり、
謎のめまいと頭痛に悩まされていた
ので、
最後の方は意識があってもぼんやりしていることが多かったです。

だから、
たった一日だけでいいから意識がはっきりして元気な日を与えてあげてください。
と、神様に思っていました。

それでもビバは「今はずっと寝てるけど、
治ったら車の運転ぐらいはできるよ」
なんて笑っていて。

私も必死に「今まで寝なさすぎたから、
一生分の睡眠を取ってるんだよ」と励ましていました。


しかし現実は本当に残酷で、
ついにある日、お医者さんに呼び出されます。



いやこのジジイ誰やねんって感じですよね。


プロフィールで詳しく説明はしているのですが、
初見の方へ向けて説明します。

二十年前、父と離婚した母とその友人ビバは私たちの学費を稼ぐため
がむしゃらに働いていました。
当時の二人の仕事は八百屋の配達。
特にビバは仕事熱心でした。

青果業は業界が狭いせいもあり
10年前ビバの噂を聞きつけたとある会社の会長が、
なんとビバに
「うちの会社で社長にならないか」とスカウトしました。

社長のポスト+高い給料と熱心なスカウトに、ビバは迷わず転職。
経営の傾いていたその会社の顧客を
持ち前の営業力で80件から250件に増やし、
年商を5倍に上げました。



ビバはめちゃくちゃ営業力と体力のある人でした。
ただ、代わりに夜中の1:00に家を出て帰宅は20:00過ぎ。
もっと遅い日もありましたし、休日も仕事をするようになりました。

体を気遣うとビバはいつも笑って、
楽しいから平気!と言っていたのを覚えています。

そんなビバに憧れ続けたある日、ふと言われます。

「20年続けた事務員さんが辞めるから、
うちの会社に入ってほしい。」


当時はメガバンクのコールセンターで働いていて、
そこが本当に楽しかったし、
高給なのに有給も長期休暇もあって最高の会社でしたが、
私は次の日に辞職の旨を伝えて、
すぐビバが社長を務める青果卸の会社に経理事務として入社しました。

ビバは私が入社する四年前から乳がんを患っており、
とにかく力になりたくてうずうずしていたのです。

(本当はすぐにでも勤めたかったけど、
待っててねと言われてました)

ビバの人となりがよく分かるエピソードがあります。


社長としても、こういう人でした。


100連勤目だろうと三日間一時間睡眠だろうと、
お客さんのために全力で奔走できる人だったのです。
(だから早世だったのかもしれませんが)

そんなビバも、一つだけ困っていたことがあります。

会長のわがままです。

会長はビバが23時間連続業務の末に疲れ果てて寝ていても、
休みの日であっても、
「トイレットペーパーを買ってきて」だとか
「背中揉んで」だとかしょっちゅう会社に呼び出していた
ので、
私も良い印象はありませんでした。
会長は随分な気分屋で、「言っていることがころころ変わる」と、
人をめったに悪く言わないビバが珍しく愚痴を言う人でした。

のちにこの会長の嫌な部分を、ありったけ私は見せられることとなります。


会社を拡大するに当たって、
繁忙期は何度もありました。

気分屋の会長は、
猫の手も借りたいほど忙しい繁忙期に、
突然一人で海外旅行に行ってしまうぐらい気まま
です。


その穴埋めをするのはいつもビバで、
従業員の人たちが
「ビバさん、死んじゃいますよ。
あとは自分がやるから帰って寝てください」

と懇願して、やっと
「従業員に任せる仕事量じゃないのに…本当にごめんね、ありがとう」
と言いながら家路に着くのでした。


そんなビバでも、無理の言いやすい人もいます。

それは私!!
だって家族だから!


だから仕事を任されるのも嬉しくて嬉しくて、

72連勤だろうが18時間勤務だろうが、なんでも喜んでやりました。


とにかくビバはみんなに、
「あとはるんに任せておけばどうにかなる。」
「るんがなんとかしてくれるから大丈夫。」


私には、
「あとは全部任せたよ、がんばれ。」
「お前たちが幸せになってくれればなんでもいいからね」


とずっと言っていました。


ビバは癌になってからずっと従業員のみんなにも会長にも、
「私の死後はるんが社長になるから、みんなで頑張ってね」と言っていました。

私も修行のつもりで、一生懸命に仕事に励みました。

ところがこのあと、
韓国ドラマも真っ青の泥沼漫画展開を迎えます。


このあたり本当に複雑なので、図にしてきました。
どどん!




「籍入ってない」がなんだか嫌な感じしません??

間違えて天使のわっか書いちゃったんですが笑、
ビバが生きていた頃はずっとこんな感じでした。

会長も従業員のみんなもビバも、
楽しく働いてた私を評価してくれて、
毎日仕事がすごく楽しかった。



この会長には息子さんがいるのですが、

噂によると仕事をさぼったり、
会長の金を盗んだり、
借金まみれで自己破産寸前までいったり、


とんでもねえドラ息子とだけ聞いてたんですね。
(悪く言って申し訳ないですが)


会長はお年を召しているので、
会長が亡くなったら会社の株も全てこの息子さんのものになってしまう。

きっと彼は会社をすぐに売却してしまうでしょうから、
ビバが10年かけて年商を1億から5億にしたのも無駄になるし、
従業員のみんなも路頭に迷ってしまう。



そこでビバはそれを防ぐため、このようにしました。




会長と名義上の夫婦になり、
遺言状を書いてもらったんです。


「自分の死後、会社だけはビバに譲る」という内容のものです。


先にも書きましたが会長は本当に気分で動く方なので、
気が変わってしまわないようにとのことでした。



……という状態で、ビバが亡くなりました。

何が起こったと思います?笑




会長は息子さんの借金をビバに押し付け、
ビバが抜けて忙しい最中に私を呼び出し、
泥棒の娘だと懇々と怒鳴るのです。


これにはさすがにびっくりしました。
確かに、よく働く他人より身内、
実の息子さんにビルも会社も残したいと思うのは親として当然の感情だと思います。

しかし、
潰れる寸前だったこの会社を大きくしたのはビバなんです。
ビバが会長のワガママを聞きながら、
命を削って大きくしたんです。


最初の方は悔しくて悔しくて涙が出ましたが、
言い返したら入院中のビバに何か言うかもしれない。
と思うと、何も言えませんでした。

会長の唯一良いところは、
会社ではこう言いながら病室のビバには
「俺がみんなの面倒を見てやるから大丈夫だよ」
「お前の娘を悪いようにはしないよ」と、
見栄を張るところだったからです。

マジで漫画に出てくる悪役ばりにひどい!笑

まあ何はともあれ、ビバにストレスを溜めないでくれれば何でも許せました。

けど、あの頃は本当に忙しかったなあ。

※税理士さんにもそんな事実はないと確認済




ここからは反撃です。
もう怖いものがないので。

私は会長との会話は全て秘密録音をしていたので、
従業員のみんなに聞いてもらいました。

従業員の人たちは皆勤続年数が長く、
会長のワンマンさについていけずに辞めようと思っていたものの、
ビバについて勤務を続けているような人たちばかりでした。


なので「私に」というわけではないですが、
息子さんのこともみんなよく知っていたので、

マジで全員るんちゃんが社長じゃないなら辞める
と、言ってくれました。


ここで皆さん、気になりませんか?

こんなに言われてしまう息子さんって、
どんな人なんだろう…。


というかそもそも、
話したことがないのに悪い人って決めるのはどうなの?と。


そして私は、息子さんに連絡を取り会ってみることにします。


会ってみて、びっくりしました。
全然思っていた人と違ったからです。

少し話したらすぐに
「心配しなくていいよ。
あのじーさんが勝手に言ってるだけで、
会社はるんちゃんが継げばいいと思う」

と、言ってくれたのです。

「えっ一緒にがんばりましょう!?」

あんまりいい人すぎて、
すぐ誘っちゃいました笑


従業員の人たちにも報告し、説得し、
そして会長、息子さん、私、従業員の社内会議の末、
こういう図式になりました。





話してて思ったんですが、
息子さんも被害者だったんですよね。
ひどく押し付けられて、
束縛されて、反発するには会長の一番大事なお金を盗むことしかなかった。

もちろん窃盗はいけないことですが、
一緒に働けない人ではない。

ちなみに会長は私と二人のときは怒鳴りますが、
会議では大人しかったです。

さらっと書いてますが、
本気で会社を出ていかなければならないと思いましたし、

何もかもなくなった瞬間があって、
その瞬間は物凄く怖かったです。



けどそうこうしている間も、ワニくんは普通に生きてました。

結局株は会長が所持したままだし、
責任だけ負うのも癪だということで、
私は取締役に収まりました。

責任、権利、給与を全て天秤に掛けた末の判断です。

取締役として仕事に励んでいた3月20日――。

100日って、案外長いです。

ワニくんの漫画を読んだ人々は、
「100日って短いな」と思うのだと思います。
けど私にとっては、この30年間でもっとも長い100日でした。

100日あれば、人生が変わります。
変えられます。


会長の嫌がらせもいまだに時折ありますが、
まあ会社が回らなくてはご自分も困るので、
ほぼなくなりました。

自分のため家族のため従業員のため、
ビバが愛したこの業界のためになる
ので、
全力でできる仕事を頑張ります。

お察しの通りかなり特殊な環境ですが、
私の人生の主役は私なので、
試練も成功も当然の山場!

と信じて私は100日1000日10000日、出来たら100000日、楽しく生きたいですね!

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